広島に住む「うつ病夫婦」の雑記帳

私37歳、妻26歳。ニャンコ7匹。最新のニュースから、人工知能、我が家のニャンコ日記に至るまで、幅広い情報を、あなたにお届けします。夢は、保護猫カフェの出店です!!



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「生きる意味とは何か?」という問いが、誤っている可能性について(生きる意味が分からないと悩んでいた自分の軌跡)

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どうも、みーくんです。


今日は、小難しい話をします。

私を苦しめた「生きる意味とは何か?」という問い


私は、20代の頃、中堅のIT企業(従業員が1000人規模の企業)に勤めていましたが、過労でうつ病になり、後に失職しました。


失職後、次の仕事(広告会社)に就くまで、多分、3年くらい療養していた気がします。


その間、自分の頭の中を巡っていた思いは「死にたい」という思いと「もはや、働けない自分には、生きる意味なんてない」という思いでした。


私は、小学校、中学校といじめに遭いましたが、高校以降は順調で、大学にも進学し、無事、そのIT企業に就職することが出来ました。


お恥ずかしい話、就職した当初は、自信満々で、就職できた自分を誇りに思っていました。


もちろん、その時は「死にたい」なんて微塵も思わず、「生きる意味とは何か?」などと考えることもありませんでした。


どちらかというと「自分は働いて、社会に対して立派に貢献している」という思考が強かったように思います。


そんな自分にとって、失職は、大きな挫折でした。


「自分は働いて、社会に対して立派に貢献している」


その思考が強すぎた自分は、すぐに、以下の思考に囚われてしまいました。


「自分は働けない」


「自分は、社会に対して、何も貢献していない」


「社会貢献していない人間は、もはや、日本の社会に必要ない」


「自分に生きる意味などない。自分は今すぐ、死ぬべきである」


これはあまり公表したくないのですが、タオルや革紐で自分の首をくくったことが、今までの人生で2回あります。


幸い、いずれも家族の発見が早く、大事には至りませんでしたが、あと1歩間違えれば、多分、自分は今、このブログを書くことなく、天国へ旅立っていたと思います(地獄行きかもしれませんが…)。


恐らく、当時の自分は、以下の自問自答を、永遠繰り返していたように思います。


「生きる意味とは何か?」


「生きる意味とは、社会に貢献することである」


なぜ、生きる意味が、社会に貢献することになるのか、イマイチ今の自分には理解できないのですが、恐らく、父親の影響が大きかったように思います(若い頃の父は「社会に貢献することが大事」と、自分に、よく語っていた気がします)。


今の自分は、症状が大分緩和されたのか、それとも歳をとったからか「生きる意味とは何か?」という問いについて考えることは、全くと言っていいほど、なくなりました。

生きる意味を考えることの危険性


異論があると思いますが、今、私は、生きる意味を考えることは、自分の精神や身体にダメージを与えると考えています。


例えば、自分が生きる意味を、以下のように考えたとします(例)。

  • 自分が生きる意味は、働いて社会に貢献するためである
  • 自分が生きる意味は、愛する妻のためである
  • 自分が生きる意味は、幸せになるためである


これらは、自分が生きる意味の「対象」を失った場合、瞬く間に危険な思考に陥るリスクがあると、私は考えています。


上の例を引用してみます。

  • 働けず社会に貢献できなくなった。だから、自分には生きる意味がない
  • 愛する妻が亡くなってしまった。だから、自分には生きる意味がない
  • どう考えても、幸せになれない。だから、自分には生きる意味がない


このように考えると、そもそも、自分が生きる意味を見出してしまうこと自体が、危険な思考のようにも思います。

生きる意味とは何か?という問いが誤っている可能性


この「生きる意味とは何か?」という問いは「生きる意味」が、どこかに存在することが前提になっています。


つまり「生きる意味が存在しない可能性」は、考慮されていないように感じます。


ネットを見ると「生きる意味とは何か?」という問いに対して「生きる意味なんてない」という回答がありますが、この回答は、唯一「生きる意味が存在しない可能性」に言及しています。


また、ネットを見ると、「5分で生きる意味を99%見つける方法」というようなサイトも見かけます。


今の私の個人的見解ですが「生きる意味は必ず存在するから、何かしら見つけないといけない」という発想自体が、何か根本的な誤りを含んでいるように感じます。


上にも書きましたが、生きる意味を見出すことは、リスクを伴います。


これも、私の個人的見解ですが「生きる意味が存在しない可能性」そして「生きる意味が存在しなくても、生きる意味が分からなくても問題はない」という発想を、個人(特に、うつ病を患っている方)が持っても良い気がします。


そして「生きる意味とは何か?」という問いが、そもそも誤っている可能性があることを、考慮しても良いと考えています。

結局、何を言っているのか分からないんだけど?


私も記事を書いていて、自分が何を言っているのか分からなくなってきました笑


自然言語は、曖昧で難しいですね…


強いて言えば、私たちは、小さな頃から、定められた「問い」に対して「回答」をする訓練を受けています。


なので「問い」そのものが誤っている可能性については、ほとんど考えることがないと思います。


哲学の世界を見ると、不思議な問いがたくさんあります。

  • ロウソクの炎を吹き消したら、炎が消えてしまった。その炎は、どこへ行ってしまったのか?
  • ある人が運動のために走っている。1秒後の状態を静止画で捉えると、その人は静止している。同様に、2秒後、3秒後の状態を観測しても、その人は静止している。つまり、その人は静止しており、運動をしていないのではないか?
  • 本当の私とは何か?


これらの問いにまともに答えようとすると、正直、かなり難しいです。


詳細は割愛しますが、これらの問いは、問いそのものに誤りが含まれている可能性があります。


皆さんも「生きる意味とは何か?」と考える前に「生きる意味とは何か?」という問い自体が、誤っていないか?という、視点を持って頂ければ幸いです。


結局、何が言いたいのか分からなくなってしまいました笑


どなたか、コメント欄でも大丈夫ですので、補足お願いします…


では、ここまでご覧頂き、誠にありがとうございました!!

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